津地鎮祭事件

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津地鎮祭事件(最大判昭和52・7・13)

:要約p.134、百選Ⅰ(第5版)47事件p.96、百選Ⅰ(第6版)46事件p.98、伊藤24事件p.166

 

三重県津市の主催により、市体育館の起工式が神式地鎮祭として挙行され、市は神官への謝礼などの費用7663円を公金より支出されたが、同市市議会議員である原告は、この支出が違憲・違法であるとして、市長に対して損害賠償を求める住民訴訟を提起した事件。

 

争点 政教分離原則は、国家と宗教の完全な分離を要求するか

結論 要求するとはいえない

 

【覚えるべきフレーズ】

 

「憲法は、明治維新以降国家と神道とが密接に結びつき・・・種々の弊害を生じたことにかんがみ、新たに信教の自由を無条件に保障することとし、更にその保障を一層確実なものとするため、政教分離規定を設けるに至った」

 

「憲法は、政教分離規定を設けるにあたり、国家と宗教との完全な分離を理想とし、国家の非宗教性ないし宗教的中立性を確保しようとした・・・しかしながら、元来、政教分離規定は、いわゆる制度的保障の規定であって、信教の自由そのものを直接保障するものではなく、国家と宗教との分離を制度として保障することにより、間接的に信教に自由の保障を確保しようとするものである」

 

「現実の国家制度として、国家と宗教との完全な分離を実現することは、実際上不可能に近いものといわなければならない。更にまた、政教分離原則を完全に貫こうとすれば、かえって社会生活の各方面に不合理な事態を生ずることを免れない」

 

「憲法の前記政教分離規定の基礎となり、その解釈の指導原理となる政教分離原則は、国家が宗教的に中立であることを要求するものではあるが、国家が宗教とのかかわり合いをもつことを全く許さないとするものではなく、宗教とのかかわり合いをもたらす行為の目的及び効果にかんがみ、そのかかわり合いが右の諸条件(=社会的文化的諸条件)に照らし相当とされる限度を超えるものと認められる場合にこれを許さないとするものである」

 

「(憲法20条3項にいう「宗教的活動」とは、)およそ国及びその機関の活動で宗教とのかかわり合いをもつすべての行為を指すものではなく、そのかかわり合いが右にいう相当とされる限度を超えるものに限られるというべきであって、当該行為の目的が宗教的意義をもち、その効果が宗教に対する援助、助長、促進又は圧迫、干渉等になるような行為をいう

 

「この点から、ある行為が右にいう宗教的活動に該当するかどうかを検討するにあたっては、当該行為の主宰者が宗教家であるかどうか、その順序作法が宗教の定める方式に則ったものであるかどうかなど、当該行為の外形的側面のみにとらわれることなく、当該行為の行なわれる場所、当該行為に対する一般人の宗教的評価、当該行為者が当該行為を行うについての意図、目的及び宗教的意識の有無、程度、当該行為の一般人に与える効果、影響等、諸般の事情を考慮し、社会通念に従って、客観的に判断しなければならない。」